お知らせ 事後対応について 訴訟など 2019/12/01 | 0 Comment

東日本大震災で「学校施設管理下」の児童・教職員が犠牲になったのは大川小学校だけです。
学校のそばに何十人もの子供の遺体が並べられた事故は前例がありません。
4名の児童の捜索は今も毎日続いています。

あれからまもなく8年9カ月という12月1日。
守れたはずの子供の命を守れなかったこと、十分な事後対応ができなかったことの謝罪があり、今後は遺族・市教委の垣根を越えて、詳細に検証を続けることが確認されました。

このタイミングで、こうした会が設定された理由は分かりません(遺族が要望したわけではない)が、2012年11月に遺族・市教委とも関知しないという第三者検証委員会が立ち上がって以来、遮断されていた話し合いが再開しました。
(詳しくは各メディアで確認してください)

この間、検証報告、震災遺構としての保存の議論・決定、訴訟、判決確定…様々な経緯がありましたが、ようやくこの地点に立つことができました。
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謝罪の場所はここではないだろうということで、終了後、大川小学校へ向かい、市長・副市長・教育長・県教育長、市教委、県教委関係者が子供達、先生方に手を合わせました。

その後、校舎内外を案内しました。「市長さん、こっちが教室だよ」「教育長さん、このホールで歌ったんだよ」「ほら、ここまで津波が」…、いつの間にか、子供たちが集まってきて手を引いてくれている感覚になりました。

「こっち、こっちだよ」

前日もボランティアの皆さんが清掃にきました。花も植えられています。ガレキに埋もれたあの日から、たくさんの方々の手によって学校はいつもきれいです。誰もゴミを落としていきません。
子供たちはそれも伝えてほしいようでした。

8年半前にこの場所で、今日のような話ができたら、どうなっていたかなぁと考えました。
「なぜできなかったのか」についても検証し、未来につなげたいと思います。

「子供」を真ん中にすれば、自ずと「遺族」とも歩み寄れるのではないでしょうか。

子供の顔が思い浮かぶかどうか、子供に聞かせられるかどうか、そんな基準の話し合いをしていきたいと考えています。
簡単にはいかない、でも方向性は見えてきました。こっちです。
hasiru4

今後の方向性について(主なもの)
■判決をふまえた、学校防災、震災伝承に取り組む。形だけではいけない。
■嘘をつかず、資料もすべて明らかにし、遺族と協力し、何年かかっても検証をやりきる。

また、
■第三者検証委員会の資料は5年以上も保管場所が未定のまま。市が保管するべき。
という意見が出て、検討することを確認しました。 こちらをお読みください。