新任の先生、それから取材する記者の皆さんの多くは当時の小学生。感慨深いです。
私は「ふるさと大川の学校の先生」になるのが目標でした。大川小も大川中も閉校になり、それは達成できなかったと思っていたけど、そうでもないかな(^^)
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◆ここには町があり、学校があったこと、風景、日常、走り回る子どもたちの様子をたくさん伝えました。
それが伝われば、今の様子を見ていろんな想像ができます。
◆断続的な強い揺れ、サイレンが鳴り響く中で、冷静な判断なんてできる人はいない。
もちろん、津波を止める超能力もない。
でも、あらかじめ決めていてパニックの前に避難すること、それは簡単にできます。
(だから判決では当日のことは問われていません)
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大川小で起きたことで、学校の責任が問われ、負担が重くなったという声がありますが、
3.11の前も後も、子どもの命を預かり、守り、輝かせるのは学校の使命だし、教師の誇り・やりがいです。
あの日に急に責任が重くなったわけではありません。
負担に感じるようであれば、視点が本質からずれているということです。
キラキラ、イキイキ、ノビノビと命を輝かせる。輝くほどに守りたい、生き抜くのだという意識が育つ。
話しながら、私自身いつも確認しています。
学校に帰ったら「大川小に行って来たよ」と子どもたちに言うようにお願いしました。
やっぱり教師は素敵な仕事です。
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