検証委員会など 2014/01/19 | 0 Comment

学校管理下で救える条件,つまり「時間」「情報」「手段」がありながら救えなかった。
逃げるべきだと思っていた先生もいて,子どもたちも「逃げよう」と言っていて,それでも逃げられなかった。あってはならないことです。仕方のないことでは決してありません。たとえ想定外の災害だったにしても,救えた命であることは疑いの余地はありません。

マニュアルか,組織としての的確な判断があれば救えた。あの日の大川小学校にはどちらもなかったことは明らかな事実。そういう組織になってしまったのはなぜなのか。波を見た時,先生方が「〇〇すればよかった,〇〇がいけなかった」と後悔したことを探すのが検証です。

これまで何度も言っていますが,地域の防災意識が低かったことを,避難しなかった理由にしては絶対いけません。校長先生は24年2月の市教委による聞き取りで「地区の人の意識の低さが大きな原因」と語っていますが,ありえない発言です。釜石等「防災教育」「防災対策」が浸透している地域は別として,3.11に関しては,地域の防災意識が学校の避難行動に結びついた例よりも,学校の判断で避難した例が多いはずです。釜石でも,小中学生が逃げたから住民も逃げたのです。

保護者は子どもを大川地区の人に預けたわけではない。大川地区の人が,学校を信頼して地域の宝である子どもたちを預けたのです。学校管理下とはそういうことです。それをふまえての地域との連携なのです。

旧職員へのアンケートの意図も納得できません。あまりにも表面的な質問項目,そして分析と言わざるを得ません。あれをどう検証に盛り込むというのでしょうか。もし盛り込んだとすれば,検証の焦点はどんどんぼやけていきます。

川向かいの北上地区では,子ども達は木の枝にすがりながら山を必死で登って避難しました。それと比べ,大川小学校脇の山はだいぶなだらかなのになぁと思います。

あの日大川小では,避難についてまともな話し合いが行われていません。「想定外」の災害だったとしても,あの時,津波を意識しなかった人はいません。先生の中には避難の必要性を感じていた人もいたし,保護者も忠告し,児童も「山へ逃げよう」と言っていたのです。そういう条件で約50分間、避難行動をとらなかったのはなぜでしょう。